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秋騒(あきさわぎ)

 
 繁殖期を迎え、思い思いに声を張り上げ不協和音を撒き散らす。時折通るバイクのエンジン音さえ遮って、彼等は喚き散らしていた。
「暴走族みたい」
 ルームライトを落とした勉強机の照明だけの部屋で、木製の天板にに頬杖をつき、頭頂部で一つに纏めた髪の毛を窓と反対に揺らし、和歌子は小さな声で独りごとを言った。
「ほんとうにうるさいわ」
 たった今終えたドリル帳の上空を、水色のシャープペンシルでなぞる。確認する時の癖。
 彼女の住む新興住宅地はまだまだ空き地が多く、虫達の天国になっていた。
 宿題の確認を終え、「ふうっん」と、背もたれに寄り掛かり伸びをする。
 短かめのキャミソールと、ジョギングパンツの間から、縦長の形良いへそがのぞく。
 とくん。と、心臓がひとつ鐘を打つ。
「こんなにうるさいんだもん、聞こえないわよね」
 多少の音なら、虫達の騒音コンクールにかき消され、階下で団らん中の両親に気取られないだろうと、自分に言い聞かせる。唯一の気掛かりはとなりの部屋の住人だけだ。
 とくん、とくんと鐘がふたつなる。
「だいじょうぶよ、こんな時間まで起きてたことなんかないもの」
 幼いとなりの住人は、父の帰りを待てず早々にベッドに入り、父が遅い夕食を母ととる時間には、夢の世界からの帰還が困難であることを和歌子は熟知していた。
 どき、どき、どき。と、鐘が三つなる。
「だいじょうぶよ。誰も気付いたりしないわ」
 重ねて、この部屋が安全であることを自分に言い聞かせ、和歌子は右手にシャープペンシルを持ったまま、両手を薄いキャミソールごしに、まだ、形を成していない胸に添える。
「今日は、して、いい日だよ。明日は自分でパンツ洗えるから」
 じんわりと安堵感とくすぐったさが入り交じった心地よさが両胸から体全体に拡がり、ため息がもれる。 胸の奥の鐘が、どくどくと連打を始める。
「…ん」
 目を閉じ、さわさわと、円を描くように手のひらをゆっくり動かす。手のひらの運動に綿の布地が引っ張られ微かにしこった乳暈をくすぐる。
「んっ、…っん」
 鐘の音が、背中を突き破るようにからだを揺らす。顔が火照り、後頭部から痺れていく。和歌子は最近覚えたこの感覚がお気に入りだった。
 左手のひらの円運動に指先を嘴のようにすぼめたり、開いたりする動きを加える。これはほんの2、3日前に偶然発見した機動。手で作った嘴を閉じる時に、触れるか触れないかくらいに胸の先端を弾く。
「んっっ、んんんっ」「は…、んっ」
 自然に内股に力が入り、ずいぶん前に両親だけがみたそこを締め付ける。ふるふると腰から下が震え、湿った悦びが背骨を駆け上がる。
「はあっ」
と、大きくため息をついて、脚に込めていた力を抜く。
 右手に持っている筆記具をさかさまに持ち替え、芯を出すために押すボタンを股間の正中にあてがい、少しだけ力をかける。ジョギングパンツの縫い目が下着の上からそれにふれる。
 まだ誰にも触らせたこともなく、また彼女自身さえ、入浴時に洗う時や、排泄時にトイレットペーパー越しにしか触れたことのない、そこ。
「んっ…、んん…、んっ」
 心地よい微弱な電流がそこから流れる。
 さらに押し込む。シャープペンシルが2枚の薄布ごしに和歌子のそれを捕らえ、短いストロークで擦りはじめる。
 常習的にこのようなことをしない彼女にとって、布地越しの摩擦刺激でも、妖しい悦びが十分得られていた。
「くう…うっ、…だめ」
 自分がしていることに対しての罪悪感なのか、妖しい悦びを与える道具への拒絶なのか、和歌子自身、分かっていなかった。
 ただ、
「だめ…」
だった。
 だが、その、
「…だめ」
が、なんの意味も、なんの効果も持っていないことは、和歌子の下着の中央に拡がり始めた浸潤が裏付けていた。
「んんん、あ、あふっ…ん、んんんっ」
 使い慣れた水色の筆記具を細かく上下動させ、左手の指先を右胸の頂上で弦楽器を弾くように往復させる。机に半身を預けた和歌子は、目をうつろに伏せ、自らを奏でることに我を忘れて耽り溺れて行った。
「あ、あああ…、ああ、あんっ」
 もうすぐあの瞬間がくる。和歌子はうすらぼやけた頭の中で、その予兆を捕らえた。舌を回し唇を愛砥する。徐々に胸の先端を弾く強さと、股の中央を擦る早さが加速する。
「はっ、はっ、はああっ。…んんんあ、あああああああ」
 視覚神経が全ての光の受信をやめブラックアウトしはじめる。自分の意志とは関係なしに、背筋がびくびくと痙攣を始める。もうすぐその瞬間が…。
「あああああっ、んあああ…」
 がちゃっ。という音が、和歌子に冷水を浴びせかけた。
 目を見開き、自室のドアを見据える。階下へと続く階段に向かう足音が、彼女の部屋の前を通過してゆく。隣部屋の住人は、時折この時間にトイレに起きることがある。
 体の全てを凍り付かせ、息を殺して、再び足音がドアの前を通過するのを待つ。
 数分後、ぺたぺたという足音が部屋の前を通り過ぎ、ドアを閉じる音がする。
 「ふう」と、安堵のため息をつく。
 このままベッドに潜り込み、眠ってもよかった。股間のぬめりは既に冷えて、半ば不快感を感じさせていたし、いちど中断した自慰行為を続ける為にまた最初から自分に言い訳をすることも面倒だった。
 和歌子は逡巡しながらジョギングパンツの中心に潜り込ませたシャープペンシルを軽く上下させた。
「はあああん」
 思わず大きな声を発してしまった和歌子は、慌てて自分の口を左手で塞いぐ。
 しらふの状態から、いきなり絶頂の寸前まで引き戻され彼女は混乱した。
 体全体が自分とは違う別に生き物のように震え、心臓が早鐘を打つ。
「う、うそお。こんなの知らないよう」
 絶頂の寸前で行為を停止したことが、いっそう彼女の感度を上げたことを、性体験など皆無の彼女が知るはずもなかった。
 ポトリと床に水色の筆記用具が落ちる。それまでシャープペンシルで擦っていたそこに右手の中指が滑り込む。キャミソールの中に左手が潜り込み、硬くしこり始めた乳暈をくすぐり、ほんの申し訳程度に勃起した米粒のような乳頭をこね回した。
「あっあっ、んっ、うそ…。わたし、こんな…」
 和歌子は、あっさりと行為を1段階エスカレートさせた自分に驚いていた。自分を愛撫するのはこれまでは机や椅子の角か、枕、もしくは筆記用具でしかなく、指を使った自慰行為など、おマセな同級生との淫靡な会話の中でしか知らなかったのだ。
 下着とジョギングパンツを貫通して滲み出した体液が、たちまちのうちに指をぬらぬらとヌメらした。
「あひっ、あ…ひいん。うあ…あ、ああ、あああっ。やだ、やだ、こんなの。あ、あ…はああっ」
 言葉とは裏腹に、左手が胸を愛撫することを中断しパンツの中に潜り込み、まだ陰毛の生えていない柔らかな大陰唇を割り広げ、快感の中枢に淫らな律動を直接に与えようとアシストし、右手の不随意なバイブレーションが容赦なくそこを擦リたて、和歌子を淫悦の沼へと引きずり込んでいた。
「だ、ダメだよ。大声出ちゃう。もうだめ…ここじゃ…。」
 机にできた唾液の水たまりで和歌子は喘いだ。思いっきり声を張り上げ、淫らな歓喜を絶唱したかった。
 がくがくと震える膝に力を込め、衣服の上からの自慰を続けながら椅子から立ち上がり、泥酔者のように寝台へとうつ伏せに倒れ込む。自ら枕に顔を押し付け、溜まったフラストレーションを解放させた。
「あ、あ、ああああっ」
 同時になにかが切れる音が聞こえたような気がした。
 右手の指をより深く食い込ませ、ベッドの反発力を使って腰を上下に律動させる。指の擦過運動とリズミカルな腰の上下動がシンクロし、淫らな歓喜が和歌子を包む。
「う、あ、あ、あ…。い、いい、気持ちいいよう。すごいよう。わたしどうなっちゃうのお。ああああっ」
 ぎしぎしとベッドが軋む音が部屋に響く。
「だめえ、足んないよう。こんなんじゃ足んない」
 和歌子のそこはさらなる刺激を求めていた。彼女はどうすればそれを得られるかを知ってはいた。同級生との淫話で知った「あれ」。だが、まだそれを実行する心の準備は整っておらず、ただ、腰の律動を激しくするしかなかった。
「あ、あ…、んああああ」
 そこにあるその瞬間が、近寄って来ては飛び退き、また近寄ってくる。彼女はもう耐え切れなかった。
「もう、だめ、お願い。お願い…助けて」
 ベッドに恥骨を打ち付けながら和歌子は自らに懇願した。
「するから…。するから…」
 「あれ」を実行する以外にこの状況からの脱出は不可能だった。彼女はうつ伏せのまま、ジョギングパンツと下着の中に右手を差し込み、大陰唇の割れ目に中指を添わせた。
「く、くりとりす。くりとりす」
 切れ切れの息でうわ言のように呟きながら、稚い峡谷に溢れている歓びの蜜に指をぬめらせ、脱出装置のボタンを探す。
「はうっ」
 突然、髪の毛の先から足の爪の先まで硬直してしまうほどの衝撃が和歌子を貫き、和歌子は、思わず指をそれから離してしまった。
 同級生との会話の中では、ただ気持ちがよくなるパーツとしてしか、語られておらず、彼女自身、その快感のレベルは、せいぜい自分がしていることの延長線上のものとしてしか予想していなかった。が、手加減が自在な自分の指でさえ、初めて直に行ったクリトリス刺激は彼女を恐怖させ、戦慄させるに十分なものだった。
 実際、彼女が触れたのは、クリトリスを覆い隠している陰核包皮だったのだが。
「う…うそお。こんなの知らないよう」
 彼女を貫いた衝撃が、強過ぎる快感だったのだと理解するのには和歌子は性体験が乏しすぎた。
 が、指を離したあとに、そこを中心にじんじんと拡がり全身に伝播する妖しい疼きが、これまで自分が行って来た自慰行為がもたらす快楽とは別次元の歓びを与えてくれるのではないかという期待が恐怖に打ち勝った。
「うん、わかったよ。もっと優しく触ればいいのね」
 うつ伏せのまま、腰を浮かせてジョギングパンツと下着を一緒に脱ぎ捨て、産毛さえ生えていない谷間にそっと中指を這わせる。
 先程のような衝撃の襲来に怯え身体が強張り、左手がシーツを握りしめる。が、幼裂に潜り込んだ指先が淫套に触れた瞬間、そこから発生した感覚は、彼女が期待していたよりも遥かに甘やかに彼女を蕩けさせた。
「はふうっ、んんんっ」
 安心してシーツを握りしめた左手から力が抜ける。
 彼女は溜め息をつき、少し背中を丸め、ゆっくりと過度な刺激を与えないように、高感度な快感発生装置を包む皮の鞘に触れている指を上下に動かし始めた。
「んっ、んんんんっ。ふ、ううううっ。んんっ」
 体中の骨が溶けて無くなってしまったような、甘美な感覚に包まれ、和歌子はうっとりと唇を舐めた。
「ん…、んん…、あ、あ…はあん」
 和歌子の意志とは関係なく脚が開いてゆき、指の動きに自由を与える。彼女の指は左右にも振れ、さらに円を描くように陰核包皮を淫撫する。柔らかく凝り始めた敏感なパーツが、指の律動に合わせ、鞘から顔を覗かせたり隠したりする。
「あ、あああん。はああっ、んふう」
 彼女はクリトリスとそれを包んでいる包皮を勘違いしてはいたが、包皮を擦ることによって間接的にクリトリスが受ける刺激は、性的に全く未成熟な彼女に十分過ぎる程の淫悦をもたらしていた。
 虚ろに開いた目からは喜悦の涙が流れ落ち、しどけなく開いた口角からは涎が垂れ、まだ何も受け入れていない膣口がひくひくと開閉して幼液を止め処なく湧き出させる。溢れた体液は流れを作り、指を濡らし手の甲に伝い、ベッドに染みを拡げていく。
「んあああ、ああっ、んああああ」
 和歌子は徐々に忘我の極みへと近付きつつあった。
「あ、あ、あふっ。う…ああああ…」
 声が次第に大きくなってきていることに気付いた彼女は、枕を噛みしめて声を押し殺そうと努力したが、突き上げてくる歓びに耐え切れず、枕に口をつけて禁忌の単語を連呼した。
「あ、あ、ああっ、いいっ。気持ちいいようっ。おまんこ、おま…んこおおおっ。…んこおま…こ。おまんこおおおおおっ」
 釣り上げられたばかりの鮎のようにびくびくと身体が震え、頭の中が真っ白になってゆく。
「い、いく…、いく、わたし、いく」
 その瞬間を迎えるべく、声が漏れないように頭を枕に押し付ける。
 が、声は出なかった。ただ、幾条もの稲妻がまぶたの中を走り、渦を巻いた。
 ベッドが消え失せ、底のない坑の中にふわふわと急降下して落ちて行く感覚が心地よかった。
 刹那、悦びと恐怖、快楽と苦痛がいっぺんに彼女を襲撃した。血液が沸騰し氷つき、身体が破裂し収縮し、彼女を包んでいた世界が大音響と供に崩壊してゆく。全身が自分以外の者に操られているかのように引き攣り、穴という穴から体液が噴き出した。
「……………っ。ああっ。んあああああああああああああーーーーーーっ」
 体中を体液にまみれさせながら、和歌子は初めてのエクスタシーにベッドの上でのたうちまわり、歓喜の歌を絶唱した。
「あっ、あっ、あっ。ああああああああああああああああああああああああああっ」
 背中が弓なりに反り返り、ビクンビクンと痙攣し、膣口の上の小さな穴から薄い黄色の液体が激しく噴出した。
 永遠に続くかと思われる恍惚の中、和歌子はまどろみの奈落へと落ちてゆく。
「明日、なんて言い訳しよう」
 和歌子には、自由を失った身体に鞭打って、オナニーの後始末をする余力はなかった。
 そんな和歌子を嘲笑うように、虫達が愛の歌を喚き散らしていた。